【書評・感想】千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

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【書評・感想】千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

年の瀬に、今年最高のエッセイを読了しました。

昨今のライトノベルよろしくタイトルに全ての情報が集約されている本・『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』。

私は 「バチクソに高い能力を持ち、稀有な実績を上げているのに、妙なところで自己肯定感が低く厭世的な雰囲気のある人」を勝手に「井の中の龍」 と呼んでいるのだけれど、この本はそれはもう見事な「井龍」エッセイでした。

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『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話(千葉ルー)』左右社|済東鉄腸

著者である済東鉄腸氏は、大学入試の失敗(個人的にこの表現はあまり好きではないのだけれど)をきっかけに大学生活につまづき始め、苦手な人付き合い、サークルでの失恋、就活の挫折を経て、卒業とともに力尽きてしまいます。メンタルの療養をしながら、2015年からは実家の子ども部屋に引きこもるように。

私もかつて適応障害で休職していたことがあり、うつ状態で無為に過ごす時間の辛さには覚えがあります。あぁ。今日も何もできなかった。自分がこうしている間にも世間の皆は有意義な時間を過ごしているのに。そんな思考ばかりがぐるぐるして、視界が薄暗くなったような感覚。

鉄腸氏にとって、そんな苦しみを忘れさせてくれるものは映画でした。現代は家にいてもタブレットひとつで古今東西の映画を観ることができる。いい時代です。鉄腸氏は消費活動としての映画鑑賞から、やがて生産活動としての映画批評の執筆を始め、どんどんディープな世界にハマっていきます。

日本未公開の海外映画を中心に批評を書くようになった頃、鉄腸氏は転機となる作品に出会いました。「ルーマニア語」という言語それ自体をテーマとする映画です。

そこからの行動力は、凄まじいの一言です。

生きたルーマニア語を習得したいという思いからSNS上で1000人を軽く超えるネイティブと交流を図る、という体当たりぶり。その中の幾人かとの出会いをきっかけに、やがて鉄腸氏はルーマニアの文壇で小説を発表する機会を得ることになります。

この本、ひいては鉄腸氏の「ヤバさ」

さて、冒頭で話私は鉄腸氏のことを「井の中の龍」と形容しましたが、ここから少し、その異常性(最大級の褒め言葉)を紐解きたいと思います。

まず、「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」というタイトルは罠です。どこか謙遜や自嘲を感じる表現に騙されてはいけない。

一見、「社会から孤立し自分の居場所を見つけられなかった著者が、偶然の出会いを通じて自己実現を図る物語」のような印象を受けますが、とんでもない。鉄腸氏が尋常じゃない熱意と行動力を持った人間であることは、本をしばらくめくっただけで痛感できます。

まず、趣味である映画批評を書き溜めたノートの冊数がおかしい。

「引きこもり生活の焦りを払拭するための生産活動として批評を始めた」

「引きこもりを始めた2015年からの映画ノート30冊はある」

と文中にはさらりと書かれていますが、引きこもる前の2011年-2015年の間ですら、当然のようにノート14冊分のメモが書き溜められています。単純計算で年間3冊、240作品以上、大学に通っていた頃から、尋常じゃない量の映画を観、メモをつけ続けています。

また、当然のように語学力が高い。「日本未公開の映画」は当然英語あるいは他言語の英語字幕。それを一日1-2本のペースで咀嚼して評論まで書き上げるのだから、かなりの「龍」っぷりです。

もちろんその後のルーマニア文壇へ飛び込んでいく過程もとんでもない行動力なのですが、それこそが本書のハイライトなのでここでは割愛しましょう。

厨二病的ナルシシズムの先で

とにかく、この本は正真正銘「井の中の龍」がずるりと井戸から顔を出して、大空を駆けている様を綴った話なのです。

だからこそ、そりゃもう面白い。 こんな創作の主人公みたいな人の熱意と思考と行動の軌跡を読まされては、素直に「ぐわー、すごい、かっこいいな」と思わずにはいられません。

鉄腸氏は「周りと違う自分カッケェ」というある種のナルシシズムが原動力だったと語っていますが、仮にスタートが形からだったとしても、真に特異な存在に《成った》のですから、それは本当にカッケェのです。いやぁ、いい本を読んだ。

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