服飾裏話。コラムで楽しむファッション文化史の世界|『モードの方程式』

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服飾裏話。コラムで楽しむファッション文化史の世界|『モードの方程式』【書評・感想】

服飾が好きだ。
私自身はセンスが皆無でもっぱらユニクロのマネキンと同じような格好をしているのですが、ファッション業界のトレンドだとか、各社のコレクションレポートには胸踊ります。

技術と時間を尽くした生地と縫製、パターン。それらの結晶としてのファッション。その最先端を追うのも、服飾にまつわる歴史を知るのも、とても楽しいものです。

本書のタイトルにある『モード』とは、もとはフランス語の『mode=流行』。毎年ハイブランドが発表する、目新しいデザインや服飾のトレンドを指します。

著者である中野香織氏は服飾史家の肩書きを持つそうなので、「服飾流行の文化史に関する本かな?」と手に取ったのですが、いい意味で予想を大幅に裏切られました。本書は、服飾うんちくが無限に収集できる、服飾にまつわるコラム集。現在では定番になったファッションアイテムの意外なルーツや歴史、裏話などが軽妙な文体で語られています。

目次

モードの方程式|中野香織(新潮文庫)

何気なく着ているあなたのその衣服に隠された物語があるのをご存知ですか?カーディガンもチノパンも軍発祥。ハンカチは実は貴婦人の求愛の小道具。エプロンが権威や地位の象徴!?ファッションにまつわるエピソードをひもとけば、文化が、時代が、そしてオトコとオンナの関係がわかる。ワンランク上のおしゃれを目指す大人に捧げる、知的かつ軽妙洒脱なファッション・コラム集。

-新潮社 作品紹介から引用

服飾雑学を無限収集できるコラム集

本書の何が1番面白かったかというと、日常に溶け込んで意識することのない、ファッション関連の面白雑学がふんだんに登場すること。普段着で定番のあのトップス、あのアウターにまつわる歴史的な事情や流行に至った経緯など、隠された物語が次々に紐解かれていきます。

キャッチーなうんちくも多く、知識欲の奴隷である私にとっては垂涎なネタが次々と。文庫サイズで取り回しもいいので、空き時間にパラパラと楽しむのに最適でした。

以下、特に興味深かった題材をいくつか紹介します。

カーキとチノ

「カーキ色」と「チノパン」は語源的に共通している、との話。

1840年ごろ、植民地だったインドに英国軍が駐屯していた時代です。
英国の軍服は元々白色でしたが、インドの砂埃ですぐに黄色く汚れてしまう。それを嫌った士官が、軍服を桑の実などで黄褐色に染め始めました。こうして出来上がった色染め軍服がインド人からKhaki(ヒンディ語で「埃の色」)と呼ばれたのだとか。

その布地を製造していたのは英本国のマンチェスターでしたが、正式な軍用装備として安定供給しようとすると、余剰在庫が出始めます。余った生地を当時の貿易相手・中国へ輸出したところ、今度は中国側がカーキ色の布地をフィリピン駐在中のアメリカ軍に転売。その布を使って作られたパンツがチノーズ(チノ=中国)と呼ばれるようになりました。

ちなみに、現代では「黄土色」と「深緑がかった茶色」の両方を指してカーキ色と呼ばれます。これはアメリカ軍の中でカーキ=軍服の色、という認識になった結果、森林地帯用に導入された茶緑色(オリーブドラブ)までカーキ呼びされる用になったからなのだとか。

ハットトリック

サッカーなどでお馴染みのハットトリックは、なぜ「ハット」なのか。ハットトリックとは試合中に1人の選手が3ゴール以上達成することを指しますが、この名称にも服飾史が関わってきます。

元々はサッカーではなくクリケットで、打者を3人アウトにするスーパープレーをした選手に対して、褒賞として実際の帽子が贈られたのが始まりでした。

トロフィーでもバッジでもなく、帽子というのが非常に英国らしい。それがサッカーにも波及し、3点を取るプレーが「ハット」トリックと呼ばれるように。

海水浴

そのほか、18世紀における海水浴は日本でいう湯治みたいな位置付けだったという面白い話も。

当時の海水浴は健康増進のための日光浴と水浴びを兼ねていたそうで、海岸は男性用大浴場のような有様。海沿いには着替えのための幌馬車が並び、紳士たちが全裸で海に浸かっていたのが当時の「海水浴」だったのだとか。

ヌーディストビーチはナチュラリズムによる新しい思想なのかと思っていましたが、むしろ古式ゆかしい伝統に則ったスタイルなのかもしれません。

服飾についての視野が広がる一冊

……と、本書は大変おもしろい服飾コラムなのですが、何よりも圧倒されるのが著者の知識量です。ページをめくるたびに古今東西、様々な服飾面白エピソードが現れ、全く飽きさせません。服飾にさほど詳しくない私ですが、読後はファッションの解像度が高まった気がします。

著者の中野さんは『モードの方程式』以外にも、服飾についての書籍を複数執筆しているようなので、折を見て読んでみたいと思いました。比較的新しい本だと『「イノベーター」で読むアパレル全史 』や『紳士は名品を作る』などがヒキが強くて面白そうです。元々ケンブリッジ大学で服飾研究をしていたこともあり、英国服飾史については間違いない著者の一人といえるでしょう。

面白がるもよし、感心するもよし、服飾の歴史に想いを馳せるもよし、多様な楽しみ方ができる素敵な一冊でした。

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