現代版・現実侵食型ネットロア|『かわいそ 笑』(ネタバレ最小限)

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現代版・現実侵食型ネットロア|『かわいそ 笑』(ネタバレ最小限)

インターネット怪談、あるいはネットロア。そういったものに覚えはあるでしょうか。『きさらぎ駅』『コトリバコ』『ひとりかくれんぼ』といった、ネット上で拡散した怖い話の総称。全盛期は2000年代。旧2ちゃんねるのオカルト板や洒落怖が有名ですね。

『かわいそ 笑』は、そういったネット上の都市伝説や怪談を下敷きに編み上げたホラー小説です。

読み進めながら全容がわからない不気味さ。事実なのか伝聞なのか、語り手の創作なのかも判然としないまま、気づけば読者も物語の中に引きずり込まれている。本作の構図は2000年代のインターネットを席巻していた《怖い話》によく似ています。

旧2ちゃんねるの「オカルト板」ではよく、こういった形のストーリーが語られていました。とつとつと投下されるテキスト。投稿者の主観で語られる恐怖の体験談。時にはスレッドに集った読者からの質問や指示に干渉され、物語が思わぬ展開に転ぶことすらありました。

読者が知らず知らず巻き込まれるネットロア。
本書を読み終わった瞬間に感じたのは、このフォーマットを現代で再編したことに対する驚きと懐かしさでした。

目次

『かわいそ 笑』(イースト・プレス|梨)

インターネット上に伝わる多くの怪談。その中に何故か特定の「あの子」が被害にあう奇妙な怪談が出回っていた。
とある掲示板のQRコード、インタビューの書き起こし、出典不明な心霊写真、匿名のメールデータ。
筆者がこれまでに収集した情報をもとに怪談を読み解く、読者参加型のホラーモキュメンタリー。一見バラバラに見える情報から、浮かび上がってくる「ネット怪談の裏側の物語」とは。

作品情報から抜粋

一見した時の「意味のわからなさ」が恐怖のキモ

本作では、いくつもの怪談が断片的に語られます。中にはオチがないものや、話の中に矛盾を孕むもの、チグハグな描写さえも紛れ込んでいます。そのような文章を目にするたび、読者は眉根を寄せるでしょう。

なんだこれは? と。

ひとつひとつの物語は雰囲気があり、情景が目に浮かぶような臨場感がある。文章は決して悪くない。なのに唐突に出てくる、コピペでつぎはぎした質の悪いレポートのような、無理やりな違和感。その引っかかりがこの小説のキーです。

その違和感を拾い集め、物語のラストに到達した時。そこで作中人物によって語られるネタバラシによってこの物語は完成します。全く、よくできた仕掛けです。

読者を取り込む仕込み

仕掛け。そう仕掛けです。

この小説を一言で言い表すなら「読者を徹底的に仕掛けに巻き込もうとする作品」でしょう。

作中の仕掛けの一つを紹介すると、
表紙をめくってすぐ、冒頭ページに貼られたQRコード

『かわいそ 笑(梨)』書籍のQRコード

スマホで読み込むと、リンク先にあるのはTwitter(X)の投稿画面。

@RinRinChan_というアカウントに対して「かわいそ笑」とリプライを送る内容になっています。

『かわいそ 笑(梨)』書籍のQRコードを読み込んだ先

このアカウントはなんなんだろう。作品盛り上げのためのプロモーション用のアカウントだろうか。

そう思ってユーザーを検索してみると、初期アイコンの鍵アカウントが出てきます。

プロフィール欄には一言「もうやめて」。

フォロー・フォロワー数は0ですが、おそらく本作の読者であろう人々から「かわいそ笑」リプライの嵐が送られている、謎のアカウント。穏やかではありません。

『かわいそ 笑(梨)』RinRinChan_のアカウント

首を傾げながら本に意識を戻し、ページを捲ると、「本作は《インターネット怪談に登場する、特定の人物についての情報》を取りまとめたもの」であることがモキュメンタリー的に語られます。作中作を明示する、語りかけるような前書きです。

このアカウントは何なのか。《特定の人物》とは何者なのか。この人物がどのように物語に関連しているのか。そんなことを考えながら、読者はいくつもの怪談を能動的に読み解いていくことになるでしょう。

ネットロアから生まれた、新時代のホラー体験

本作は、とても斬新な作りの小説だと感じました。

2000年代ネットロアのアングラな雰囲気を残しながらも、非常に現代的な仕掛けの上に成り立った作品。

まずはぜひ、まっさらな状態で読んでみてほしい。そして最後まで読んで、咀嚼して、仕掛けを理解した上で、また冒頭から読みなおしてみてほしい。心底そう思います。

能動的に本作を読み解いていった先に残る、じわりとした恐怖と後味の悪さ。その体験はきっと、他にはないものであるはずです。

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