全ての副業者はおじさんに学べ｜『副業おじさん』

ここ10年足らずの間で、「副業」という言葉がすっかり市民権を得ました。

以前は、副業といえば「一部の人たちがこっそりとやっているもの」という印象がありました。家業の肩代わりや、突き抜けた趣味の延長、イケダ某さんの影響でブログを書くなど、手段は多々あれ、本業以外の収入を持つ人は少なく、特異な事例として扱われていたのではないでしょうか。

それが今や、働き方改革の名のもとに政府が副業を推進する時代です。企業内にちゃんとした椅子のあるおじさんですら、副業について口にするばかりか、実際に何かしらの副業をしている。流行アイテムの転売やYouTubeで一攫千金を狙う人も増え、世はまさに大副業時代。

本書はそんな「副業をしているおじさん」に焦点を当て、本業以外の収入をもつ40〜60代男性約100人を取材したルポルタージュ。特にホワイトカラー労働者の副業体験をまとめています。聞き取りだけじゃなく、著者が実際にその副業を体験して得た情報も多く、現場のリアルな空気感が伝わる良書です。

副業おじさん　傷だらけの俺たちに明日はあるか｜若月 澪子

最近、意外な場所で働くおじさんをよく見かける。その中には、ホワイトカラーと思しき中高年も少なくない。背景には、日本型雇用崩壊、ジョブ型雇用拡大、実質賃金低下、教育費の高騰等がある。中高年男性の経済・労働環境が厳しくなり、セカンドジョブで稼がざるを得ない「副業おじさん」が増えているのだ。

満身創痍のおじさんたちの副業現場をあざやかに描き、労働の本質とは何かまで深く掘り下げた、注目のジャーナリスト、初の著書。「JBpress」大好評連載の書籍化！  

朝日新聞出版書籍紹介より一部抜粋

本書で語られるのは、決して「副業の成功法則」や「この副業がすごい！2024」といったハウトゥや副業礼賛ではありません。取材対象のおじさんたちの多くは迷走し、幸福な副業ライフの実現には至っていません。

かといって、副業に夢を見、敗れていくおじさん達を冷笑するものでも、その裏に社会的な病理を見出す内容とも違う。

本書は様々な理由から副業を始めたおじさんが、何に迷い、何を見出し、何を得たかを語る、生の声を綴ったものです。

仕事の傍ら、何かしらの副業を検討している人は一読してみると良いでしょう。おじさん達の体験から得られるものは、きっと大きいはずです。

“おじさんの迷走”は全てのギグワーカーが通る道

おじさんたちは様々な事情から副業を始めますが、当然、成功するおじさんもいれば、うまくはいかないおじさんもいます。このうち、副業デビューに失敗し、ずるずると「副業の森」へ迷い込むパターンに注目しましょう。

《副業の森をさまようおじさん》は、根本の考えが間違っているが故に「自分の経験を活かして稼げる副業」という青い鳥を探しつづけます。

幾人もの話を聞き、実際に同じ副業を体験した著者が分析する、「森」での迷走パターンは5段階あり、

迷走おじさんは「正解」を求めて1-5を行き来するそうです。

本書に登場した中だけでも、起業・独立のキラキライメージに取り憑かれて思考停止に陥ったり、ライターワークに挑戦しては「付属の養成講座」を紹介される半スパム案件に苦しめられたりと、薄給のもと余暇と体力をすり減らすおじさんが少なくありません。

それらを「滑稽な話だ」と一笑することは容易いでしょう。

そもそも「スキルを活かした副業」が成立しうる業種は限られているし、収入を求めるならみみっちいポイ活に手をだすべきではない。クラウドソーシングの低単価案件で下積みを〜などという思考も完全な誤りです。

しかし。この迷走を、前時代的なおじさんの思考の浅さと断じることはできません。

収益を目指してモニターやライティング、動画作成を始めてみては暗礁に乗り上げる。この流れを、我々はかつてのノマドブーム、ブロガーブーム、ユーチューバーブームで幾度となく目にしてきたはずです。そこには老若男女問わず「森」に迷い込む人が溢れていました。

おじさんが迷い込んだ森は、我々の誰もが取り込まれうる場所です。

つまり、森を回避したり、抜け出すためのヒントもまた、おじさんたちから得られるのではないでしょうか。

なぜ副業をするのか

おじさんが副業を始める動機は様々ですが、その目的は大きく2つに分けられます。

30代以下で副業を考える人で、①のパターンはそこまで多くないでしょう。現職を続けながら下手な副業に手を伸ばすより、転職が視野に入るからです。

《非おじさん》層が副業を考える場合、②のモチベーションが強いのではないでしょうか。

本業の仕事になんとなく嫌気がさしている。副業で大きな収入を望めそうならこちらを本業にしてしまいたい。あるいは、仕事以外の趣味を収益化できたらいいな。そういった、切実さよりも夢が駆動する副業。

私の体感として、②のタイプは(1)夢みがち期や(3)クリエイティブ期に迷いこみがちです。嫌な言い方ですが、ノマド/ブロガー/ユーチューバーのワナビー層を想像してもらうとわかりやすいでしょう。

では、この《副業の森》をどうやって回避し、充実したセカンドワークを続けていけば良いのでしょうか。

副業がうまく行くヒント

どうやら、副業でうまくやっているおじさんは、収益そのものよりも本業の職場外で得られる人間関係に光を見出しているようです。

それは、それまで会社人生で縁遠かった属性の人たちとの交流（未知との遭遇）であったり、フラットな同僚関係や、客の感謝による孤独感の解消であったり。著者の取材に対し「話を聞いてくれてありがとう」と感謝する人も多く、取材対象がおじさんであることを差し引いても、新しい人間関係が副業の充実感に一役買っていることが窺えます。

副業というと、どうしても実利の獲得だけを目的にしてしまいがちですが、小さな幸福や新しい人間関係の獲得にも目を向けてみることで、うまく続けていける副業を見つけられるのかもしれません。

金銭だけのために副業を続けるのは難しい

正直、本書を読んで強く感じたのは「オフィスワークの傍らに継続的に副業収入を得るのは、相当体力のある人にしか無理」ということ。

アートや工作などの特殊なスキルを有する人以外、時間の自由がきいてコンスタントに稼げる副業は警備や工場などの肉体労働か、夜の仕事の関連産業（清掃や送迎など）になります。平日昼間はオフィスで働き、夜間や休日に副業を……となると、体力は削られる一方です。

案外、肉体労働自体は「良い運動になる」とホワイトカラーのおじさんから好意的に受け止められているようですが、長期コンスタント続けられるかというと、難しいでしょう。

「副」業はあくまでサブでしかないと割り切って、金銭だけでなく本業で得がたい経験や人間関係の面白みに目を向けるのが、副業がうまくいくコツなのかもしれません。