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人が、動物が、はたまた虫や深海生物たちが、どのようにものを「見て」いるか考えたことはあるでしょうか。
視力よりも嗅覚に頼って生きる犬や、水の中で暮らす鯨。そもそも目を持たないクラゲや洞窟に生きる魚たち。
それらの生き物がどのように目を進化させていったか、そもそも「見える」とはどういうことか、という疑問に着目したのが本書『奇想天外な目と光のはなし』です。
進化の経緯から生物の目の成り立ち、光を感知している仕組み、光にまつわる生物の生態を紹介する内容ではありますが、キャッチーな題材でわかりやすくまとまっているので科学が専門ではない人にも気軽におすすめできる一冊でした。
本書は5つのchapterから成り、前半は生物学に寄った概論、後半は著者の専門である工学系(可視光の波長など)の内容が中心になっています。生物がどう光を認識し、利用しているかが順を追ってわかる構成です。
目に着目したポピュラーサイエンスの本は多いですが、本書で特徴的なのは、進化の経緯から目の構造・機能を体系的に紹介している点です。
「目の構造」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、以下のような医学的な模式図でしょう。
角膜を通した光を水晶体で屈折させ、網膜で像を結ぶ。ヒトの目は非常に複雑な構造をしています。
では、
そんな目はどのような進化を経て生まれたのか?
昆虫の複眼は?カタツムリや貝の目はどうなっているか?
chapter1では、そういった目の進化と、構造由来の機能について語られます。
目の大元になったものは、単細胞生物が持っていた光の強弱を感じるだけの器官、「眼点」。これは今でもミドリムシなどの原生生物にみられます。
そこから多細胞生物に進化する過程で、光の感知に特化した細胞「視細胞」を持つ生物が現れました。視細胞は眼点よりも精度が高いけれど、まだ光の強弱を感知することしかできません。
やがて皮膚表面に並んだ視細胞の間に仕切りができたり(→複眼)、壺のように窪んでいったり(→ピンホール眼)することで、ようやく光の方向を知覚し、物の形を捉えられるようになりました。
さらには、壺状の目にレンズのような構造を獲得することで網膜でピントを合わせられるようになり、輪郭や陰影までくっきり把握できるヒトのような目になったという訳です。
動物ごとの目の機能の違いや見える波長にフォーカスする本はいくつか読んだことがありますが、進化による目の構造的な変化に言及している本は初めてで興味深かったです。
目の構造の章以降も、さまざまな生物を例にとって、認識できる波長や光を利用した生態の違いについて語られます。
肉食動物と草食動物の視野の違いや、ニシキヘビの持つピット器官などのメジャーな例もあれば、繁殖期だけ見える色が変わる魚や、成長とともに目が退化するフジツボ、ムカシトカゲの ”第三の目” といった珍しい話もあるので、生物好きにはたまりません。
もっとも、本書ではキャッチーさを優先してか、「諸説ある」言説の一つだけを取り上げている例も見受けられました。
中でもその傾向が強く感じたのは、終盤で登場する「バイオレットライトは近視を防ぐ?」の項です。この点について、私はかつて眼科領域の研究をしており、バイオレットライト関連の論文や学会発表もいくつか目にしたことがあるので補足したいと思います。
(長いので、興味がなければ →まとめ まで飛ばしてください)
全体的に、参考文献は日本語の書籍や学会報告が中心なので、内容を全て鵜呑みにするのではなく、科学に興味を持つきっかけや面白いトピックの一つとして捉えるのがいいでしょう。
バイオレットライトに関する研究とは、2017年頃から慶應大のグループによって報告されている《バイオレットライト(360-400 nmの波長の光)を浴びることで視力の低下が抑えられる》という説です。
日本含めたアジアは世界的にみても近視人口が多く、近視の予防や治療に関する研究が期待されています。しかし、実験の難しさ*1から、効果的な方法は確立されていないのが現状です。
そんな中、「外で日光をたくさん浴びて遊ぶ子供は視力が下がりにくい」という統計データをもとに、太陽光には含まれるが屋内には少ないバイオレットライトに注目したのがこの研究でした。
バイオレットライトの有効性をうたう実験結果として、「バイオレットライトを透過するメガネをかけた子供の近視が抑制された」という治験データが出ています。しかし、これはかなり限定的な条件*2によるもので、一般論とは言い難い結果です。
「外で日光をたくさん浴びて遊ぶ子供は視力が下がりにくい」というデータはあるけれど、単に日光さえ浴びていたらいいのか、遠くが見えるのがいいのか、運動がいいのか、といった切り分けすら明確ではない状態で「近視予防につながる新技術」としてピックアップするのは、言い過ぎ感が否めません。
上記のように、科学的に確証のないことまでセンセーショナルに取り上げてしまっている部分はありますが、それを差し引いても本書は良いポピュラーサイエンス本です。
目と光にまつわる生態を手広く取り上げているし、文章も引きが強くて面白い。オマケに装丁も素敵で、科学に興味を持つきっかけとして魅力的な一冊でした。
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